会合資料1-1

「馬町空襲を語り継ぐ会」第1回会合

●近年になって判明してきた資料によると、京都は原爆投下の第一目標で、京都、広島、横浜、小倉の順だったそうです。
●京都が選ばれた理由は
・人口が100万人ぐらいで市街地が広く、三方が山に囲まれた盆地であり、原爆の爆風が最大限効果を発揮できる
・神社、仏閣が多く日本人にとって宗教的な意義を持つ重要都市であり、日本人に大きな衝撃を与えられる
・文化人や知識人が多く住み、核分裂による新型爆弾を認識した知識人が日本政府に早期降伏を働きかけることが予想できる
●アメリカは、人類史上最初の核兵器を使用するに当たって、その威力を正確に測定するため、通常爆弾による空襲を行わず都市形態を温存させておいた
●このような理由により空襲被害をほとんど受けていない大都市、京都を目標としたのです。

第1回の会合の呼びかけ、修道学区ほぼ全世帯に配布されたチラシ 

これまでに有志の方々の呼びかけで、慰霊碑を
立てようという動きはありましたが、これほど
大々的に地域に呼びかけを行ったことは
ありませんでした。

真二つに割れた杉一枚板でできた板戸

第一回の会合の前に石田泰和氏が保存してきた馬町空襲の物的証拠
爆風で割れた座敷の杉戸板
(一枚物の杉板が真二つに裂けている)が新聞で大きく報道された。

第1回の会合の前に報じられた京都新聞記事 

新聞報道で取り上げられてから、これまで戦災に
会わなかったといわれてきた京都市にも、空襲や
爆撃があったことを初めて知った市民から問い合
わせが 相次ぎ、大きな反響を呼ぶこととなった。
(詳細はクリックしてください)

第1回の会合の際の配付資料

第1回の会合、当日行われたプログラムの内容
初期のこの会の名称が馬町爆撃と称しておりまし
たが最終的には 「 馬町空襲」と統一させていた
だいております
(詳細はクリックしてください)

  1. 1
  2. 2
  3. 3

このページの上に戻る